去る2023年6月15日に結果発表をいたしました、第三回ステキブンゲイ大賞につきまして、各賞受賞者のコメント及び選考委員による総評・選評を公開いたします。
ステキブンゲイ大賞は、小説投稿サイト「ステキブンゲイ」から、新たな「ブンゲイスター」を輩出するためのコンテストで、第三回の募集期間は2022年4月1日~2023年1月31日まで。応募作品数は769作品となりました。
その中から4作品が最終選考作品として選ばれ、審査の上、優秀賞1作品、審査員特別賞1作品を選出、また全作品の中から期間中の閲覧数最上位の作品に対し読者賞1作品の計3作品が選出されました。
【最終選考作品】
『湯気を辿る』牛山 綾
『隠れかくり湯営業中』ユメノ
『姉が壊れた。』月島真昼
『カチューシャ――過去と未来をつなぐモノ――』ナカハラ忠彦
結果と受賞コメントは下記の通りです。
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優秀賞 『隠れかくり湯営業中』ユメノ
[受賞コメント]
優秀賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。
私自身とても愉しく書くことのできた思い入れ深い作品ですので、評価していただけたことを大変嬉しく感じております。
自分の好きなものを自由に詰め込んだ世界を肯定してもらえるというのは、途方もなく幸せなことです。
受け止めて下さった選考委員の皆様には、心より感謝申し上げます。
今回の受賞を励みに、一作ごとに成長していけるよう、これからも書き続けていきたいと思います。
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審査員特別賞 『姉が壊れた。』月島真昼
[受賞コメント]
バカほど読んでアホほど書いてりゃどこかで箸か棒には引っ掛かるだろと思いながら思いつくまま気の向くままにやってきましたが、そろそろ「ほんとか?」、「ほんとにどっかに引っ掛かるのか?」、「このままただ滑り落ちてフェードアウトしていくんじゃないか?」と焦らなくもなくなっていたので、今回こういった形で賞が頂けてホッとしました。
応援してくださった方々ほんとうにありがとうございました。
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読者賞 『コットン・サーキット』城野作夜
[受賞コメント]
この度は読者賞という大変光栄な賞に選出していただき、誠にありがとうございます。
作品を読んでくださった皆様、ステキブンゲイ大賞に携われた全ての方々に心より感謝いたします。
自分の作品の最初の読者は自分であり、まずは自分自身が読んでみたい小説に仕上がっているかを見極めるようにしています。そうして書き上げた作品が誰かの心に響くことを願いつつ、今後も一文一文、真摯に執筆活動に取り組んでいきたいと思います。
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【総評・選評】
■ 審査委員長 中村航の総評・選評
ステキブンゲイ大賞も第三回目を終え、まずはご応募いただいた方、本当にありがとうございます。また選考に関わっていただいた方にも感謝しております。
才能とは? 面白いとは? 優れた小説とは? 出版に値する小説とは? この賞を運営していくなかで、考えることや感じることは多いです。今後もそんな課題と真摯に向き合いながら、この賞を運営し、応募者とともに歩んでいきたいと思っています。
今回、最終選考に残った作品は四作品、そこから選考委員五名の総意で、「隠れかくり湯営業中」(ユメノ)を優秀賞に、また「姉が壊れた。」(月島真昼)を審査員特別賞に選出しました。またステキブンゲイにおいてアクセス数の最も多かった「コットン・サーキット」(城野作夜)が読者賞に決定しました。
以下は最終選考作への私の選評になります。
「隠れかくり湯営業中」
事件が起きて謎が巻き起こる、というタイプの小説かと思いきや、そうではなかった。落ち着いた筆致で描かれるかくり湯での日常(かなり非日常だが)が、とても読ませる。勤める風呂屋で魂を洗い続ける宵のキャラクターがたいへん愛おしく、死ぬのも悪くないな、とさえ思えてきた。映像も浮かびやすく、またそれがとても個性的で、彼岸と此岸の境目に流れるこの優しくて不思議な時間に、いつまでも浸っていたくなった。選考会では長い、という意見が多く出ていたが、エピソードを刈り込むと、もっと良くなると思う。
「姉が壊れた。」
未熟な主人公が毒を吐きながら、社会らしきものと対峙するという点で、「坊ちゃん」とか「ライ麦畑でつかまえて」とかを思い出した(姉が、清とかフィービーだと考えると、さらに重なる)。読者を選ぶだろうが、主人公の爆裂一人語りには、作者の才気を感じた。ただ、爆発したり暴走したりするのは語り口だけで、主人公が周囲のウォッチャーに終始した印象が残るのは惜しかったと思う。タイトルは強くて良いと思う。
「湯気を辿る」
新しい場所で、新しい人と出会って、自らを回復させていく。湯気を辿るという行為と、主人公の過去との対峙が、対比としてうまく効いていて、小説の醍醐味を感じた。主たるシーンは食事と対話で、そこで起こる心の小さな動きを丹念に追うのはとても良かったけれど、一歩踏みだしたり、はみ出したりするシーンが読みたかった。スタートからゴールまで一直線のスゴロクのようであったのが、惜しかったと思う。
「カチューシャ――過去と未来をつなぐモノ――」
エンターティメント小説として、良くできていたし、工夫もあったと思う。現代パートでの捜索や考察が、無理に長くした印象があり、もっと早く核心に踏み込んで良いと思う。引っ張ったぶんラストがバタバタしており、消化不良な感じが残ってしまった。本当の勝負は主人公が過去に戻ってからであり、であればそのシーンは、物語の中盤くらいに置くべきなんじゃないかな、と思った。
【選評】
■ 加藤千恵(歌人・小説家)
「隠れかくり湯営業中」
冒頭の描写から、やる気を持てずにいる若者の青春小説めいたものを予想していたら、見事に裏切られました!
個人的には普段あまり読まない、ファンタジー寄りの作品ですが、出てくる人物(時には人にあらず)たちも興味深く、これだけの長い作品を書き上げるエネルギーにも感嘆しました。
ただ、一方ではやはり、長すぎるという印象も拭いきれなかったのが惜しいです。余計なシーンや描写もあったように感じます。
とはいえ優秀賞にはまるで異論ありません。おめでとうございます。
「姉が壊れた。」
かなり評価に悩んだ作品でした。
登場人物たちには魅力があり、読み進めずにいられなくなる中毒性も含んでいる作品ではありましたが、リアリティーの欠如や話の急な飛躍、描写が雑に感じられてしまう部分もありました。
けれど間違いなく、選考会でもっとも話題になった作品ですし(まさに「審査員特別賞」にふさわしいです!)、他の作品も読んでみたいという気持ちになりました。
「湯気を辿る」
今回わたしが、もっとも高得点をつけた作品でした。
とても読みやすくて、ストーリーに破綻がなく、主人公の家庭環境も深く書き込まれていると感じました。
ただどうしても強く推しきれなかった理由としては、傷は少ないものの、他の作品と比べて、きわめて突出した何かを見出すことが難しかったというのがあります。
絶対にこの小説にしか存在していない強い何か、というものが欲しかったです。
「カチューシャ——過去と未来をつなぐモノ——」
タイムパラレルものというのはかなり難しいと思います。
既に多くの方が名作を残しているし、どうしても矛盾が生まれてしまうし。
そうしたマイナスからのスタートであることを踏まえると、とても優れた作品だと思いました。完成度も高いです。
ただ、会話文の多さや、ラストの展開など、もっと推敲の余地があるように感じたのも事実です。
■ いぬじゅん(小説家)
「隠れかくり湯営業中」
最終候補作のなかで最も優れている作品だと感じました。
二十歳の主人公が抱く挫折感や虚無感は、いつかの過去に見た光景。焦りつつもその場から動けない主人公を繊細な文章で描かれています。
兎が死んだことで崩れていく主人公と、迷い人だけが辿り着ける銭湯というシチュエーションに気づけば物語に没入していました。
世界感がしっかりしているのは、作者様がイラストを描かれているからでしょう。銭湯の二階部分の描写に胸が躍り、毎回どんな場所になるのか楽しみでした。
惜しむらくは、終盤がかなり駆け足でラストもあっさりと終わってしまったこと。
余韻も含めて最後まで書ききることができていれば、さらに完成度があがったと思います。
「姉が壊れた。」
物語の設定がずば抜けておもしろい作品でした。独特の書き方も良い効果を発揮しており、一気読みさせる力を感じます。冒頭の「姉が死んだら嫌か」と自問自答するくだりで、主人公の性格が伝わってきました。
姉の描写がすばらしく、状況力把握ができなかったり回復とともに会話の内容が変わるところはリアルでした。
その分、どうしても姉の活躍を期待してしまい、最後の展開ではスカッとしきれない印象を持ちました。
文章の好き嫌いが分かれると思いますが、軽いタッチで時折クスッと笑えながらも、現代社会における様々な問題が散りばめられていて、読後に「深い」とつぶやいていました。
「湯気を辿る」
静かで美しい温度を感じる文章は、スッと心に入り鎮静作用を感じずにはいられません。反面、食べ物の描写もサラサラと流れてしまう個所があり気になりました。
主人公と樹はそれぞれ家族との執着や後悔を抱えていて、補うように求め合う展開はよかった。特に「義理の父と同じ血になりたい」というエピソードには心を動かされました。
課題をあげるならば、ヒロインを理解できなかったこと。読者が恋してしまうほどの魅力があればさらに良作になったでしょう。
「カチューシャ――過去と未来をつなぐモノ――」
第一話の出だしで読者をつかんでいます。謎が謎を呼ぶ物語ですが、軽い文章でとても読みやすかったです。登場人物全員に良い意味で悲壮感がなく、安心して読了できました。
中盤以降、主軸を置き去りにした展開(幹太のデートのくだり等)があるのが気になります。
テンポの良い文章を書かれているので今後も期待しています。
■ カモシダせぶん(書店員芸人/松竹芸能所属)
「隠れかくり湯営業中」
設定、キャラ、文章の上手さのクォリティが高く一番安心して読めました。リラックスできる湯屋で人の悲しさを見せていくギャップが良かったです。現実世界のバイト先の状況がかなりリアルでそこもグッと来ました。
「湯気を辿る」
まず読みやすい。そして見せ場の書き方もとても上手だと感じました。お墓参りのシーンが読んでるこっちが前向きになれて印象に残りました。同じクォリティで別の設定も読んでみたいです。
「姉が壊れた。」
とても斬新で、読んだことのない設定、読んだことのないキャラ。だけど「読みたかった話」でした。ポケモンのプレイ描写やヒロインの主人公に対しての絡み方が現代的で凄く良かったです。個人的好みですが、このタイトルなら姉で落とした方がいいかなと。
「カチューシャ」
読んだ後気持ちがほっこりなれるSF。場面を少なくしてより一つ一つのシーンを濃くするともっと読みやすいのかなと思いました。
■ 河口雅哉(谷島屋 本沢合店・三方原店店長)
「隠れかくり湯営業中」
死んだはずの兎に導かれ行きついた先の「かくり湯」。幽霊や馬の番台など一見、ファンタジーを連想させるような始まりだが、全体的に場景も描きやすく、人生の最後を銭湯でというストーリーは良い。
様々な人の人生の終わりを見ていくうちに自分自身を見つめなおすキッカケをつかんでいく誉の姿勢は立派ではないだろうか。
また、宵は一体何者だったのだろうか?
その後が非常に気になるので続編も期待したい。
「姉が壊れた。」
昨今の社会世情を踏まえた作品で、登場人物一人一人の個性が強く、姉と平岡がいい感じに壊れている。
最後まで「姉」としか呼ばない弟が奮闘する姿が涙ぐましい感じを引き出している。
最終話まで姉の話で終わってほしかった気もする。
ポケモンの話が所々出てくるが、やったことがない人には意図が読めないかも。
■ 増山明子(出版プロデューサー/元明正堂書店店員)
「湯気を辿る」
さわやかでほっこりしたお話し。起伏がある作品が苦手な人には癒しだと思いました。美味しそうな湯気の匂いがする共通の認識は良いと思いました。
「隠れかくり湯営業中」
銭湯と幽霊の組み合わせが珍しい。宵をもっと掘り下げて書くと魅力的なキャラクターになると思いました。
「姉が壊れた。」
一番面白かったです。パワハラ上司から姉を大学の教授の協力で仕返しするところがスカッとしました。相羽も良いと思いました。爽快感と今時のチャラさが面白かったです。姉と主人公のエピソードや姉の本来の魅力などがあればさらに良いかと思いました。
「カチューシャ」
疑似家族感が良かったです。お話、面白かったです。タイトルがピンとこないので変えるとさらに良いかと思いました。